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【紀伊路】百舌鳥〜和泉府中

 2010年6月3日 / 曇り / 1人 

がぜん住宅街,工場地域を歩くことが多くなります。
古道関係の史跡も多くなく,道も迷いやすいので,古道踏破が目的でなければあまり楽しめないかも…
今回は道がわかりにくかったので,説明が細かく,長いです。
間違いやすいポイントには手製の地図を入れていますが,なにしろ2010年6月当時のものなので,現在は変わっているところも多々あると思われます。その点を踏まえてご参考になさってください。

再び仁徳天皇陵から

この日はJR阪和線の百舌鳥駅から出発。

まずは仁徳天皇陵(大仙陵古墳)まで歩きます。


こちらが仁徳天皇陵の正面です。
こんもりとした緑の山にしか見えませんよね。

仁徳天皇陵は特に熊野古道とは関係ないんですが,
見たことがなければ一見の価値はあります。
何しろ日本最大のお墓,本当にスケールが大きいです。
5世紀なんて頃にこんな技術があったのかと感心します。

さて,仁徳天皇陵と大仙公園の間の道をまっずぐ西方向へ。

仁徳天皇陵を越えたところで,道は熊野古道に合流します。

この道をそのまままっすぐ歩くと,
またしてもぶち当たるのがあべの筋(府道30号線)。

AOKIやらコジマやらTUTAYAやらの看板が見える,
いかにも,な雰囲気の幹線道路を越え,さらに歩くと
見えてくるのが第二阪和国道の高架です。

その下をくぐると,目の前にお堀が。


この辺りは旧市街地にあたるようで,
お寺などの名所史跡がたくさんあります。
ゆっくり歴史探訪をするなら,いろいろめぐってみるのも面白そうです。

お堀沿いにまっすぐ歩いて,山之口橋に到着です。


山之口橋は,近くにこんな案内板があったり


橋にこんな絵があったり


すごく歴史を大事にしている感じが,いいですね。

熊野街道はここから南西に進むのですが,
私は北東側の街中に入って,南宋寺に立ち寄ってきました。

南宋寺へ立ち寄り


こちらは茶道の千家と関わりが深ったり,
実は大阪夏の陣で死亡したとされる徳川家康のお墓があったり,
有名な枯山水のお庭があったりと,
いろいろと由緒のあるお寺なのですが,
私のお目当ては仏殿の天井に描かれた「八方睨みの龍」の絵。
熊野古道とは無関係なんですが(笑)
なんとなく好きなんです,龍の天井画。

有名なお寺だけあって,他にも数名の観光客がおられ,
ガイドさんのお話を聞いていらっしゃいました。
私も最初は一緒に聞いていましたが,
あまり時間がなかったので,途中でみなさんから離れて,
見たいところだけさっと見て回りました。

お目当ての天井画のある仏殿は薄暗く,
八方睨みの龍はズシンとくる迫力でした。

石津神社を越え,小栗街道へ

お寺で予想以上に時間を使ってしまったので,
やや急いで歩きます。

山口之橋まで戻って,いよいよ熊野街道に入ります。

住宅街の中のなんてことない道です。

しばらく歩くと道端にぽつんと。


「熊野街道」の石柱です。
これまでとはまた少し違うデザインですね。

右の石柱には細かい説明が刻まれています。
後ろのゴミが何とも残念ですね^^;
地元の人にとっては,ただの「ゴミ置き場の目印」なのかも。

第二阪和道路の高架の下の道路を,歩道橋を渡って通り抜けます。
周囲は会社や倉庫が多くなってきました。

道端に佇む石柱。

工場前や駐車場の前,マンションの前など,
いろんなところにぽつんと姿が見られます。

順調に住宅街(工場地域?)を歩き,
大きなパチンコ屋さんの裏を過ぎると大きな道路(府道34号線)
との交差点に出ます。

府道を越えて道なりにまっすぐ歩くと,
また第二阪和道路の高架が見えてきますが,
ここでは高架下をくぐらず,高架下の道を高架に沿って歩きます。

すると,やがて石津神社が見えてきます。
石津神社を過ぎて,石津神社前の交差点をさらに真っ直ぐ。
住宅街の細い道に入っていきます。
(下図の赤い矢印参照)

そのまま歩くと石津川が見えてきます。
川にかかる戎橋を渡ってさらにまっすぐ進みます。

さらに歩くと,「神石市之町」という大きな交差点に出ます。

ここが迷いポイントなんですが,
まず大きな道路を渡って真っ直ぐ進みます。
その先で道が三叉路に分かれているので,
「馬場記念病院」という大きな病院を目印に,
一番右の,病院前の細い道を進みます。
(下図の白い矢印参照)

ちなみに三叉路の手前にはこんな道標が。
(一応矢印があるんですけどね…ちょっとわかりづらかろー…)

その向こうに馬場記念病院があります。
そのまま歩くとやがて見えてくるおなじみの石柱。


やっぱりこれが見えるとほっとします

ちなみにこの道は熊野街道ではあるのですが,
この辺りでは「小栗街道」という名の方が馴染み深いようです。

「小栗」とは「小栗判官」のこと。
伝説上の人物ですが,やはり熊野にゆかりが深いです。

すご〜く簡単にこの伝説を解説すると…

京都に生まれた美丈夫の小栗判官,
京都でトラブルを起こし常陸の国に流されましたが,
そこで出会った美貌の照手姫と契りを結んでしまい,
姫の親に顰蹙を買って,なんと殺されてしまいます。

地獄に落ちた小栗判官,閻魔大王の御沙汰を経て,
地上に戻ることができたものの,
異形の姿となり病も抱え,歩くことすらできません。

幸い,とあるお寺の上人の手によって地車に乗せられ,
熊野まで運ばれます。

一方親の怒りを買った照手姫,なんと売り飛ばされて
遊女宿で下働きの下女をしておりました。

そこへ偶然小栗の乗った地車が通り,
小栗とは知らぬままに照手姫は地車を途中まで引くことになります。
小栗の地車を引くことは,功徳になると言われていたからです。

やがて小栗の地車は熊野本宮近くの湯の峰まで到達。
その地の温泉の壺湯で体を癒し,
四十九日目にしてようやく元の身体を取り戻します。

のちに小栗は京へ戻り,照手姫とも再会が叶い,
幸せに暮らしましたとさ。



…大体こんな伝説です(だいぶ端折ってますが)。

この時,地車に乗った小栗が通ったと言われている道が小栗街道です。

今でも地名として生きているのですよ。

さて,ひたすら歩いて,大鳥大社まで到着しました。

大鳥神社参拝

大鳥神社は,和泉国一宮だけあって,大きな神社さまでした。
なぜだか一切写真を撮っていないのですが^^;
大きな木造りの鳥居が特徴的でした。

あまり時間がなかったけど,
どうしてもお参りしていきたくなったので,
さっとお参りして来ました。

こちらは本殿も大鳥造という独特の造りなのだそうです。

ちなみに,大鳥大社内にはお手洗いがありますが,
広いんですがいわゆる汲み取り式で男女共用…
暗いし,ちょっと使うのを躊躇してしまいました。
もう少し先に,徒歩10分ほどでJR鳳駅もあり,
女性にはそちらの方が安心して使えるかも。
駅のお手洗いは改札内なので,
改札でお願いして通してもらわないといけませんが…

ゆっくり見て回りたかったけど,
あまり時間がなかったので,さっと回って終了。

改めて街道歩きに戻ります!

やや複雑な道をゆく

大鳥大社を後にして,再び街道を進みます。

神社の前の歩道にはこんな埋め込みが。


ところどころ,思い思いに
熊野街道をアピールしている感じです。

そのまま歩くと,やがて鳳駅前の商店街へ。


この商店街を通り抜けると,その先は住宅街です。
その住宅街も抜けると大きな通りに突き当たります。
これがまたしても府道30号線(あべの筋)です。

府道30号線に行き当たったら,信号を渡り,
右折して府道30号線を歩きます。


久々の広い道は不安になります^^;

そのまま府道30号線を歩くとやがて「富木」という交差点が。

「富木」の次の信号で道が二股に分かれています。
右手に畳屋さんがあるので,それを目印に。


この道は左側を選びます(矢印の方向に)。


気持ち的には素直にまっすぐ行きたくなっちゃうんですよね(笑)
なんだか無理やり曲がってる感じだし,
道も新しそうで,違和感があります。
でも左に行く道で間違いなし。

畑が広がる中を進んでいくと,
左手にクリーンセンターの大きな建物が見えてきます。

その道をずっと進んでいくと,
少し先に高架の道路(堺泉北有料道路)が見えてきて,
その少し手前で道が二股に分かれています。
ここは右側の細い道,住宅街に入る道を選びます。


ここも,注意深く見ていないと見落としそうです。
実際私は見落として,ちょっと先まで行きました

目印は,二股に分かれた先端に三角形の空き地があること。

ちなみに歴史街道ウォーキングマップでは,
この二股の先端に「駐車場」があると書かれていますが,
この駐車場が今では空き地になっているんだと思います。
この時はかなりの草ぼうぼうな緑地帯でした。

こういう場所は,いつどういう変化があるかわかりませんね。
今頃は家が建っているかもしれませんし…
地図情報を鵜呑みにせず,複数の条件(地形・道筋・周囲の目印)で
道を探していくのがポイントだと思います。

分岐の写真は撮り忘れたのですが
分岐後の道はこんな住宅街の中です。


遠くに見える高架が堺泉北有料道路です。
ひさびさにちょっと街道らしい風情の道でした。

有料道路の下道の交差点には,この道標もありました。


ちなみにこの道標は道路の反対側にもあります。

ここからしばらく住宅街をまっすぐに。
昔からの住宅街の風情です。
少し上り坂になっています。


街の名前はわかりませんが,
JR北信太駅付近の住宅街だと思います。
しばらくはこんな住宅街が続きます。
この先石柱は見ませんでしたが,
変わって先程の看板風の道標が時々置かれています。

私が歩いたのはもう夕方4時過ぎで,
ちょうど子供たちが元気に学校から帰宅するところでした。
楽しそうに走る子供たちにちょっと元気もらいました。

さて,堺泉北有料道路を越えて700〜800mくらいで,
少し広めの道路と交差します。
この左手には信太小学校があるのですが,
ここを過ぎたら要注意です。

篠田王子跡・平松王子跡,そして泉井上神社へ

300〜400m歩くと,また少し大きな道と交差します。
左手を見ると,道路に大きな鳥居が。


これはこの大きな道路の先の聖神社の一の鳥居です。

この先,一筋南の細い通りを左に入ったところに
篠田(信太)王子跡があります。
この筋の角のおうちの塀の下の方に,
小さな道案内があるので,お見逃しなく。


少し坂を上がって右に曲がると,いよいよ篠田王子跡に到着。


ちょっと奥まったところにありますが,
街道からの距離はすぐなのでわかりやすいです。

再び熊野街道に戻って,さらに南に歩きます。

ここらへんからちょーっとわかりにくくなっています。

次の目印は八坂神社。
篠田王子跡から500mくらいかな?
信号の角にあります。


そして八坂神社を越えて次の信号。ここが要注意!

信号は5つ辻になっています。

まっすぐ進む道が一番太く,
交差する道はそれよりやや狭く,右に曲がると
「小栗の湯」という和泉市営の銭湯があります。
大雑把に方角をとって,今歩いてきた方向を北,真っ直ぐ先を南,
交差した道が東西を走っているとすると,
南東方向に斜めに進むやや細い道があり,これが熊野街道です。
細い上り坂で,住宅街を入っていきます。


ピンクの矢印の道を行きます。
小さな紫の四角のあるあたりに下の写真の標識があります。


何しろ一番細い道を選ぶので,不安になります^^;

私はばっちりここを見落として,大分先まで行きました
『熊野古道を歩く旅 (エコ旅ニッポン)』の地図では
「米穀店を斜めに入る」とあるのですが,
この米穀店がわからなかった。

南北の道をまっすぐ進んでも,すぐに米穀店があるので混乱します。
北西角に「Shoes&Bag なかつじ」というお店があったので,それも目印です。

さあ,この道を真っ直ぐ,上り坂を登ります。
信号から100mほどのところで道が二股に分かれますが,
ここは左の道を進みます。

この辺りは団地街で,団地と戸建住宅が混在しています。

二股から200mほど歩くと,左手に公園が見えてきます。
これが放光池一号公園。
結構大きな公園です。お弁当なんか食べるのにもいいかも。
休日だと子供でいっぱいかもしれませんが…

この公園の南側に少し広い道と交差する信号があるのですが,
この信号の手前,北西角に平松王子跡があります。


この王子は10番目の王子。ついに2ケタ突入です

公園は,この交差点を挟んで,さらに南に広がっています。

平松王子跡を確認してから,公園で一息。
公園で元気に遊ぶ,小学校低学年くらいの子供たちを見ながら,
持参していたおにぎりで遅い遅〜い昼食です
あまり時間がないので,食べたらすぐ出発。

平松王子跡のある信号は公園沿いに真っ直ぐ進めばよいのですが,
どうも「歴史街道ウォーキングマップ」は
このポイントが非常にわかりにくく。。。

マップ上では5差路になっているのですが,4差路です。
正確に言うともう1つ道はあるにはあるのですが,
住宅街に降りていく階段になっていて,
普通あれを道だとは認識しないと思うので…

また,「交番」があると書かれているのですが,
みつけられませんでした。
これはなくなっているのかもしれません。

信号を越え,さらに公園沿いに歩きます。
道幅が狭いので,公園の中を歩いたほうが安全です。

公園の切れ目で,また信号があります。
「伯太町4丁目」の交差点です。
交差する道は府道38号線,結構広いです。
ここは来た道をまっすぐ進めばOKです。

急に道が狭くなるので,ちょっと不安になるかもしれません。
住宅街でこれといった目印もないのですが,
真っ直ぐ歩いていれば大丈夫。

私は不安になったので,
とある住宅の庭におられた女性に道をお聞きしましたが…
(丁寧に教えてくださって,助かりました)
間違いなく小栗街道,と教えて頂きました。

このまま道なりにまっすぐ歩きます。
道の狭さの割に,案外車が多いので,要注意。

先程の信号から500m位のところにまた信号があります。
そしてその南東角には,広々とした自衛隊の信太山駐屯地があります。

この信号を越えてすぐに,また道が二股に分かれるのですが,
ここは右手の道を選びます。
右の道の方がちょっと狭いので心配になりますが,大丈夫。
(そういえば先程の女性は,「ひたすら細い方の道を選んで…」
とおっしゃっておられました。まさに)

ちなみに左の道は,ずっと駐屯所に沿って上って行きます。

この二股のところに,小栗街道と記した古い石柱があります。


少し歩くと左手に伯太小学校が。
さらに歩くと右側には伯太高校が。
(高校は道に面していませんが,
標示があるのと,建物が見えるので雰囲気でわかると思います)

しばらくは住宅街の細い道を歩きます。
ところどころ,由緒ありげな
古い建物が残っていたりします。
焦らずに歩けば歴史を感じながら散策できるポイントです。

目印を覚えていなくて申し訳ないのですが,
高校から500mくらいのところの左手に,
熊野街道の標識と,小栗街道の石標が
並んで立っているポイントがあります。


そこから少し(100mくらい?)歩くと右手に泉井上神社の鳥居が見えます。

さらに次の四つ辻まで歩いて,
この日の街道歩きはここで終了。

泉井上神社への参拝は次回に回して
JR和泉府中の駅から帰途につきました。

■スタート地へのアクセス
JR阪和線「百舌鳥」駅下車,徒歩3分。
■使用地図
『熊野古道を歩く旅(エコ旅ニッポン)』山と渓谷社
大阪府HP「歴史街道ウォーキングマップ」住吉東駅から鳳駅まで鳳駅から米田駅まで
■歩行距離/歩行時間
約19.2q / 約5時間(携帯アプリによる実測)
■トイレ
寺社・お店など多数あるが,住宅街を歩く時間も長いので,一応トイレのある場所と行くタイミングの目星をつけておいたほうが無難。
■飲食店等
今までよりは探しにくいが,見あたらなくて困るほどではない。